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ズーパーのゆるゆるドライブ

2016年4月からベルリンに住んでいます。 ここで英語で社会学の修士課程を始めるまでの道のりを、寄り道を多分に挟みながら記述していく予定です。 なにせクソナビなので、役に立つかは時次第です。日本からキーボとウィンディが一緒にベルリンに来てくれるのが夢の一つ。

EMMIR 入試について

大学院に進みたいと思いはじめて、挑戦する気になったところで、「英語でできる(ドイツ語が話せなくてもできる)ドイツの大学の修士課程」がどれくらいあるものか心配でした。でも意外と、探してみるとあります。英語が公用語ではないところでは、留学生を呼び込むための戦略として、英語でできるコースが増えてきたのでしょうか。

私はDAADのサイトを使って主に検索していました。このサイトは、学問のレベル、コースの言語、学術分野(おおまか)を設定して調べられるので便利です。

https://www.daad.de/deutschland/studienangebote/international-programs/en/

留学先の都市、コース内容、入学者条件、授業料などをみて、この中からいくつかの修士課程をピックアップして比べたりしていました。私の場合Bielefeld大学の社会学コースなど、ここで見つけた修士課程として候補にありました。フンボルト大学のコースや、ハンブルグ大学の経済、哲学、政治学を総合的にあつかうコースもとても面白そうだったのですが、語学的な条件が満たせず応募には至りませんでした。

 

このサイトで見つけたのがドイツ、オルデンブルグ大学のEuropean Master in Migration and Intercultural Relations (EMMIR)でした。

http://www.emmir.org/service/emmir/

このコースは全部で4セメスターあり、移民と異文化間交流に焦点を置いた研究ができます。また、オルデンブルグ大学のコースとはいえ、ユーロピアンマスターズとして作られているので、4セメスターの間様々な大学で勉強することになります。EMMIRで学ぶ生徒は、まず初めのセメスターはオルデンブルグ大学で基礎を学び、第二セメスターではノルウェーのスタヴァンゲル大学で知識を深め、第三セメスターでは各々の専門に従って該当する大学に行き(私の場合、ナショナリズムをやる予定だったのでチェコの大学、主にヨーロッパとアフリカの大学から選びます)、最終セメスターでオルデンブルグ大学に戻ってきて(今年入る学生はもしかしたらどこでもいいのかも)修論を書き上げます。面白そうですよね。特徴的なのは、やはり「移民と文化」に絞ったインターディシプリナリーな研究ができるということと、いろんな大学に行ってそれぞれの場所の様子を比べながら勉強できるというところでしょうか。授業料は結構高いです。

私にとってはコースの内容がとてもあっていたし、ユニークで魅力的に映ったので、第二希望としてこの修士課程に応募することを決めました。第一希望のベルリン自由大学への応募についてはのちに書きたいと思います。

 

応募準備を始めるにあたり、まずは応募期限を確認しました。このコース、応募期限が全部で4回あります。卒論を書くので忙しかったのもあり、12月と1月の応募は見逃して、3月の期限に間に合うようにオンラインで書類を提出しました。オンラインで書類を提出した後には、紙の書類もオルデンブルグ大学に間に合うようにそうしなければなりません。私は郵貯からEMSという種類のサービスを使って送りました。3月の期限に合わせて応募して、5月の末に合格通知が来ました。合格の通知と同時に、6月中旬までに授業料の半分(20万円〜30万円ぐらいだったと思います)を振り込む形で入学を確定してくれというメールがきました。

第二希望で応募していたEMMIRの結果が先にきてしまい、第一希望で応募していたベルリン自由大学の社会学科の結果が7月に出るという状況になってしまい、今回はオルデンブルグ大学と連絡をとったものの、「席が空いていたら振込の期限が過ぎていてもいれてあげられるけど、授業料が振り込まれない限り席の保証はできない」という返事がきて、ベルリン自由大学の結果が出るまで心配な日々を過ごしたので、私の場合EMMIRは最終期限の7月に送るべきだったなあと思っています。

 

応募に必要な提出書類は以下のものです。

http://www.emmir.org/applications/applications/

  • SIGNED and dated print out of the application form attached to the automatic confirmation email.
  • Copy of a valid passport
  • Print out of CV
  • Statement of Purpose, clarifying your motivation to study the course (1 to 2 pages max.)
  • First university degree and other relevant degrees (original or certified copies!)
  • Documentation of language proficiency (original or certified copy!)
  • Other relevant documentation and references

CVはEuropassのものを使って書きました。Statement of Pruposeには、まずどうしてこの分野を学びたいのか自分の状況や将来の目標と結びつけて書き、それからどうしてEMMIRで勉強したいのか初めに書いたことと繋がるように理由を書きました。Language Proficiencyの証明としてはIELTSの結果を使いました。

Other relevant documentation and referencesでは移民や文化間関係についての知識があることを示す必要があったので、私は、私の卒論の要約や留学先(リーズで半年留学していた際のもの)の成績証明などを提出しました。全ての書類に、その書類が本物であることを保証するサインが必要で、学校が作成するのものは学校側にサインしてもらいましたが、私の作った書類(志望動機や卒論の要約)はどうしたらいいのかわからなかったのでとりあえず自分でサインして送付しました(本当に必要だったのかいまいちわかりません)。

 

今でもEMMIRのウェブサイトに行ってチャレンジングなコース内容をみると、やっぱりここで勉強したほうがよかったかな〜と少し思います。でも、今やっているコースはぎっちりリサーチデザインと統計データ分析ができるので、その点で、こっちを選んで良かったと思います。もしこの修士課程に進む方がいらしたらぜひどんなふうに勉強しているのか教えてください!笑

長くなりましたが今回はこれで終わりです。

 

奨学金について その2

ずいぶん時間が空いてしまいましたが、「海外留学支援制度(大学院学位取得型)」についての記事をひとまず完成させるため、1年前の記録を掘り起こして、第二次であり最終の面接審査について書きたいと思います。

 

ホームページを見てみると今年も審査(文系)は1月末にあるみたいですね。私は宮城から新幹線で日帰りで行った記憶があります。

持ち物が一時審査通過書類に書いてあったのでそれらをなんどもなんどもカバンに入れたかチェックしました。紺のリクルートスーツみたいなのを着て行ったと思います。

 

今年はどうなのかわかりませんが、去年は一時審査通過書類に、面接審査では初めに90秒間の時間制限内で留学先の言語を使って自己紹介と留学の動機をスピーチしてくださいと書いてありました。通学していた大学の教授に見てもらいながら何度も原稿を直して、最終的には自己紹介を簡潔に非常に短くして、短くした分の時間をどうしてその国で、その大学で勉強したいのか、なにをどうして学びたいのか、その知識と経験をどう未来で生かしたいのかを筋が通るようにまとめました。90秒という時間が長いようで実は短く、ひとつのスピーチに考えを凝縮するのに非常に苦労した覚えがあります。前日の夜に原稿が完成し、それから面接時までスピーチを頭に染み込ませ、より伝わるように言えるように練習しました。

また、面接の練習も国際交流センターの先生のお時間を借りて行いました。リハーサルの前にまずは一旦面接官が質問のもとにするであろう提出した書類を読み直し、自分の留学計画についての考えをより深く、説明できるようにまとめました。私の場合は、「(ドイツ語もまだ話せないのに)なぜドイツか?」というところがネックになると思ったので、そこの部分はより注意して自分の思っていることを表現できるように準備しました。面接の練習をしてみると、意外と話したいことが多く、私の場合、質問に対して簡潔かつ十分答えるというところが課題でした。実際面接は10分という限られた時間の中で行われることがわかっていたので、話しすぎるよりは簡潔に答えて次の面接官の質問に答えられた方がいいだろうな思っていました。

面接の日まで胃が落ち着かない日々が続きましたが、できるだけ自信を持って面接に臨めるように、面接の練習と、自分がなにをやりたいのか、それをどう実現させたいのかについてのより考えを深めるように努力しました。

 

当日の朝、東京都内の指定された建物を見つけて、エレベーターに乗って面接が行われるフロアに着くと、長テーブルの後ろに受付の人が二人いました。そこで返信用の封筒などを渡すと、面接の時間まで待合室で待っているよう案内されました。おそらく私が午前の部かその日の最後の受験?者だったのか大きめの待合室には私の他1人が面接の時間を待っているようでした。彼も数分後には部屋を出て行ってしまったので、一人きりの待合室で最後のスピーチの練習と面接のイメトレをしていました。一度トイレに行って、スーパーウーマンのポーズをした気がします。(笑)

 

時間がくると、受付の人が待合室まで呼びに来て、面接室の前まで連れて行ってくれました。まだ前の人が面接中だったので、部屋の前で座って待ちました。前の人が出ると中に案内されたので、言われるがままに部屋の真ん中に置かれた椅子に座りました。目の前には3人の教授らしき面接官がいて、後ろにはスピーチや面接の時間を計るスタッフがいました。

面接が始まってすぐスピーチを始めてくださいと言われました。ほぼ練習した通りにできましたが、伝えたいという気持ちが相まってか、練習より少しゆっくり話したせいで、スピーチの締めの文の最後がスタッフの鳴らしたチーン!という鐘の音で遮られてしまいました。本当に90秒を越えたらなにも言わせてもらえない雰囲気でした。

この時点で、「やばい、全部言えなかったぞ」と思いましたが、大体は言えたから気を取り直して面接に挑もうと自分を奮い立たせた気がします。

 

そこから三人の面接官がそれぞれ一つづつ質問をしました。内容は、

(1)留学中の研究計画について、提出書類よりも具体的になにを研究したいのか

(2)なぜ英語の使えるイギリスでなくてドイツなのか

(3)なぜ移民について研究するために(経済学などではなく)社会学を勉強するのか

でした。

 

どれも予想できる質問ではありましたが、特に(2)と(3)はなるほど、痛いところではないけれど鋭いところをついてきたなという感じで、どの質問も訊かれた時にどきっとした気がします。どの質問も、自分が持っている留学計画がどれくらい考え抜かれて作られたのか、筋の通った主張なのか、計画の実現する可能性(気合/やる気)があるのかというところをみるために選ばれていたと思います。

ただ、他にこの奨学金の平成26年度の面接について素晴らしく細やかに情報を書いている方がいらっしゃって、その方のブログを面接前すごく参考にさせてもらったのですが、その方が受けた面接と私がその2年後に受けた面接は随分内容が違うみたいで、その面接と比べると私の面接は内容がとても甘くなったような印象を受けました。

私の回答ですが、(1)はシンプルに研究したいことの詳細を勉強したい大学と行きたい国の状況と合わせて説明しました。(2)は始め言語面のことを訊かれているのかと思って答えていたら、移民のことを研究するのになぜイギリスなどではなくドイツなのかという点が焦点だったようで、多少「いやそうではなくて」っといった問答をしてしまいましたが、すぐにドイツでできる研究に内容を移して説明することが最終的にはできました。(3)については、以前本で読んだ社会学の強みなどを交えながら、留学先で学べる社会学的な統計の知識が修士課程修了後、希望の分野で働く際に使えるということを強調して話しました。

 

3つの質問に答えたところで10分間の面接のうち9分経ったことを知らせるベルが鳴り、「まあちょうどいいでしょう」ということで、10分のベルを待たずに退室することになりました。あっというまに終わってしまい、「まだ言いたいことあったのにな…」という気持ちが残っていましたが、全体的にはスムーズに終わった印象でした。

 

結果は記憶が正しければ2月下旬に来ると知らされていて、2月中ずっとそわそわしていましたが、結局2月27日に結果が届きました。

 

面接はこんなかんじでした!

 

これからは時系列に沿って、

European Master's: Migration and Intercultural Relationsの願書作成

ベルリンでの最初の一ヶ月、仕事探し(Rote Karte取得)

ベルリンの住民登録

ベルリン自由大学へ提出する願書作成

番外:プラハ旅行

ビザ変更の手続き(ワーホリビザ→学生ビザ)

ベルリン自由大学の学生登録の手続き

学生生活最初の一ヶ月

こんなかんじの予定で書いていきたいと思います!

 

例によって更新が遅くなる可能性がありますが、できるだけはやくできるように頑張ります!

 

奨学金について

今回は私が応募した奨学金について書いていこうと思います。

 

(とばして読んでいただいてもいいとこです)毎度記事を書くときに思うのは、他の立派なブログライターの方々と比べると、私のブログはブログのために行った調査の量が少ないのではないかということです。ganz sicher warscheinlich(確実におそらく)、少ないです。簡潔に、もっと調査をして書けば万事良好となるのですが、そうすると私の場合、実際にやらなければいけない仕事の量が多くても少なくても、投資する努力の量が増加したと感じた時点で記事を書き始めるまでに非常に長い時間がかかってしまうことが予想されます。記事をかくために調査をすることで得られる利益は、私がそれぞれの事柄について体験したこと以上のことを書き記すことでより私の書いていること/体験したことが体系的に見えてくることだと思うのですが、それが私の体験したことを記録した記事がより早く公開される利益に勝るかというと、私には、まず同じ境遇にいる人たちに向けてより長い時間記事が公開されているほうが重要な気がします。

 

それでなにが言いたかったかというと、私はこのブログで記事を書くために新たな調査はあまりしていません。私が向き合うことになった状況のなかで私的に体験したことを書いています。事実に沿って、思い出せないところはできるだけ確認して書いていくつもりですが、私が体験した以外のところについては、このブログではあまり紹介できなません。私がここで書いたような↓

 

yuruyurudrive.hatenadiary.com

事柄の幾つかについて似たような道を行く人にとって、少しほっとできるような情報を提供できたらなと思っています。

 

 

さて、ぐだぐだ話すのはこれくらいにして、本題に入りたいと思います。私が応募した奨学金は、学生支援機構(JASSO)が提供している「海外留学支援制度(大学院学位取得型)」というものです。

 

私の場合、いろいろな事情があって、海外に行って勉強し続けようとしても親から大々的に金銭的支援をもらうことは不可能に近かったので、何かしら自分で留学中の生活を支えるお金を見つけることが必要でした。最近出てきた「トビタテ!留学JAPAN」という文部科学省提供の奨学金プログラムもチェックしてみたのですが、交換留学/短期留学むけの奨学金制度だったみたいなので、正規留学したいと考えていた私には不向き、というか給付不可能な奨学金プログラムでした。

 

そこで、イギリスに留学したときにもお世話になっていた大学の国際交流センター(留学関連の手続きを助けてくれる場所)に行って担当の先生と話していたところ、修士課程に正規留学したいのであれば、今回の記事テーマである海外留学支援制度(大学院学位取得型) - JASSOの存在があるということを教えてもらったのでした。

 

ちなみに、この奨学金に応募することを決める前にも学生支援機構にリンクされているウェブサイトを使って他に応募できそうな奨学金がないか調べていました。参考までに…

ryugaku.jasso.go.jp

 

いろいろな奨学金をみて、結局私のしたい留学にあっているのが今回の奨学金だということがわかりました。あっている、と思ったポイントは(1)修士/博士課程で勉強したい人向け、(2)海外の大学で勉強したい人向け、(3)給付型、(4)基本的に留学期間(私の場合2年間)すべてが奨学金でカバーされるという4つの点でした。

 

奨学金給付対象の学生として選ばれるためには書面審査(11月中旬ごろ提出)と、そのあとの面接審査(1月下旬から2月初めごろ)を通過しなければなりません。

 

「海外留学支援制度(大学院学位取得型)」のウェブサイトで提出書類一覧と提出方法をみてもらえばわかるのですが(ウェブサイトの「応募者作成書類」などをクリックするとみられま す)、この奨学金、書面審査のための書類作成が非常に大変でした。すべての書類を抜け目なく、決まったフォーマットで提出するのにはかなりの時間と努力が必要です。一ヶ月前には準備を始めたほうが無難でしょう。特に私は健康診断を提出期限まで1週間のときからやろうとして、血液診断の結果をもらうのに時間がかかってしまい神経に重めの負担がかかりました。また、留学先大学についての資料を選別して、日本語訳して、機構が求めるような書類の整理の仕方で仕上げるのも時間がかかる作業です。私の場合国際交流センターの先生の甚大な協力がなければ、少なくとも期限内に応募書類をすべて提出することはほぼ不可能だったといっても過言ではないでしょう。

 

書面審査を通過するために注意した点は、とにかくよく応募要項を読みすべての書類が指定どおりに作成されそろっている点と、どの書類においても「だれに対して」「どの目的で」書いているのか意識して作成するという点でした。この膨大な書類をハンドルできるのかというところも判断されているような気がしたので。

 

個々の書類について軽く注意した点などを書いていきたいと思います。

 

(1)経歴書 

これは東京大学などがオンラインで提供しているテンプレを使って書きました。経歴として書くことも、「だれに」「どのような目的で」伝えようとしているのかということを意識して選びました。

 

(2)留学計画及び帰国後の進路計画書

あまり長くなりすぎないように、とにかく簡潔に、伝わることを重視して書きました。(1)と同じく、私が留学中やその後の計画について考えていることを、「だれに」「どのような目的で」書いているのかを意識して作成しました。

 

(3)社会貢献活動等への参加計画書

(2)と同じです。

 

(5)〜(8)はシンプルに証明書関係の書類なのでとばします。

 

(9)語学能力証明書

私はドイツへの留学ですが、授業がすべて英語で行われるのでドイツ語検定の書類は必要ありませんでした。

 

(10)推薦状

大学の教授にお願いして書いていただきました。

 

(11)留学先大学からの入学許可書の写し

書類提出時には入学許可が出ていなかったので私は提出しませんでした。

 

(12)健康診断書

病院に電話して健康診断の予約を入れればできます。機構が指定する所定のフォーマットがあるので、私はそれを印刷して病院に持って行きました。ただ、所定のフォーマットにある項目がすべてカバーされているのであれば他の書式でも可だそうです。

 

(13)平成26年中の所得を証明できる書類

バイト先からもらえる所得が確認できる書類と市区町村役場発行の所得証明書が必要でした。

 

(14)留学先大学に関する書類

機構が求める情報を押さえると同時に、できるだけ留学したい大学がオーセンティックにみえるような情報をウェブサイトからピックアップして日本語訳しました。日本語訳した部分をあとで印刷してマーカーで印をつけなければならないのですが、この作業がまたとても時間のかかること、かかること…

 

(15)返信用封筒(書面審査結果通知用)

きもち大きめに名前を書いて提出しました。(笑)

 

以上が提出書類です。今回はここまでにしたいと思います。次回は奨学金の二次審査(面接審査)について書きたいと思います。

 

 

 

ドイツ ワーキングホリデービザ申請について

前回からずいぶん間が空きましたが、やっと一部の人には多少訳に立ちそうな情報を書いていきたいと思います。今回はドイツのワーキングホリデービザについて書きたいと思います。できるだけ事実に沿って書きたいと思いますが、時々記憶違いなどで間違った情報などあるかもしれません。必要なことは自分で調べて、ここの情報は参考程度に使っていただけると幸いです。なにか質問があれば、できる限りお答えしたいと思います。

 

日本人がドイツのワーキングホリデービザを取りたかったら、日本にいるうちにドイツ大使館/総領事館に行って申請するか、ドイツに行ってからそこのAuslaenderbehoerde(外国人局)に行って申請するか選ぶことができます。私の場合はベルリンに来てからの面倒をできるだけ避けたかったので、日本でできるならばと東京にあるドイツ大使館でビザ申請しました。

 

ワーキングホリデービザに必要な書類や手順などの情報はドイツ大使館のウェブサイトで得ました。

 

www.japan.diplo.de

基本的な情報は大使館のウェブサイトから得られるので、ここではもう少し細かいところを書いていきたいと思います。

 

ビザ申請書は普通に記入して問題なかったはず。

パスポートはそのまま持っていくだけ。

写真は道端にあるような証明写真撮影機で撮ったものを持って行きました。写真はウェブサイト上にも書いてあるように、割と細かいルールがあるので気をつけたほうがいいかもしれません。(ここから無駄な情報)パスポートに付けられた写真ではとてもひどい顔をしていたけど(ドイツ人の友人達に見せたときに「この写真の私の顔、3年間牢屋にいた囚人みたいな顔だね」と自虐ジョークを言ったら「そうだねハハハ」と返された)、なぜかワーホリ用の写真ではなかなかまともな顔をしていて嬉しかった。

 

往復航空券の予約証明書は、私にとっては少しトリッキーでした。私は片道航空券しか買わなかったのでこの書類はいらないと思って持って行きませんでした。それで大使館に行って、担当のお姉さんに航空券の予約証明書を出してくださいと言われてとても焦りました。焦って「私は片道だけなのでいらないと思って持ってきませんでした」と言い訳しましたが、よくよく考えれば(よくよく考えなくても)、「往」復航空券だから片道でも必要なのは明確ですね。担当してくれた大使館のお姉さんが優しい人だったので、航空券予約のEメールをその場でお姉さんの仕事用パソコン宛に送ることでなんとかクリアすることができました。

 

ドイツでの全滞在期間有効な旅行者用医療保険(歯科の治療にも適用され、女性の場合は妊娠時にも適用される保険に加入していることを証明するものを提示してください。)および旅行賠償責任保険。これはこのサイトを参考に保険会社を決めました。

www.pfadfinder24.com

このサイトではワーホリ用の健康保険と旅行賠償責任保険として2種類の保険を紹介しています。読めばわかることなんですが、要するにStepinのほうは料金が高くてそのかわり日本語対応のサービスがあったりして、Careconceptのほうは料金が安いかわりにドイツ語か英語の対応しかできないという感じです。どっちにするか悩みましたが、一年間契約するとしてStepin(12万円ほど)とCareconcept(6万円ほど)を比べて2倍ほどの違いがあったことと、Careconceptが英語の対応ができるのであれば自分は英語はわかるからなんとかなるだろうと思ったことと、加えて緊急時にはドイツ語が話せる人が家にいることを考えてCareconceptにしました。オンライン上で申し込めて、直後に契約書がEメールで送られてくるのですが、けっこう申し込みは一人でやるには難しかった覚えがあります。ただ、すでに日本人の方がこの保険に申し込んでその方法を丁寧に紹介していたりするので、そういうサイトを参考にすれば問題ないかと思います。

私は健康保険に Care College Comfort、賠償責任保険に個人賠償Mタイプ(事故保険込み)を選んで、ワーホリビザもらえました。

 

生活費支払い能力の証明は、自分名義の通帳を持っていってことたりたみたいです。片道航空券しかなかったので、私の場合4000ユーロ相当の日本円が口座に入っている必要がありました。そんな額自分では貯金できなかったので、この時だけ親に借りて口座に入れてもらいました。

 

 

大使館にはオンライン上で予約をしていきました。大使館のウェブサイトでできます。どれぐらい前から予約したのか忘れてしまいましたが、できるだけ早い方が後で焦らずにいいかと思います。ちなみに4月からのワーキングホリデービザを2月に私は取得しました。

 

予約日当日は、時間より10分ほど早く大使館に行ってドイツビザを担当する部屋に入り、少し待ってからカウンターのお姉さんと話して、書類を提出して、総滞在時間30分ほどと案外あっさりと終わりました。ただ当日にビザをパスポートに貼り付けてもらうことはできないみたいで、後日受け取ることしかできませんでした。大使館のウェブサイトでは確か大阪の総領事館しかビザを貼り付けたパスポートを郵送できないと読んだ覚えがあったので、また新幹線に乗って東京に来ることを覚悟していましたが、誓約書(パスポート郵送時に何かあった際の責任は大使館にはないという宣言)にサインし、郵送料を払えば東京の大使館も私の家にビザ付きのパスポートを送ってくれました。あまり記憶がはっきりしませんが、大使館に行ってから1週間ぐらいでパスポートが家に着いた記憶があります。もしかしたらもっと早かったかもしれません。とにかく思ったより早かったという印象でした。

 

ワーキングホリデーについてはこれぐらいかと思います。次回は奨学金について書こうかなと考えています。長々とすいませんでした。

ベルリンに来るまで

※もう少し正確にここまでの道のりを描写するため、少し編集しました。

ベルリンに来ることを実際に考え始めたのは、去年(2015年)のはじめぐらいだったと思います。もともと宮城の大学に入学したときから、海外の大学院(そのときは教育に興味がある気がしていたのでフィンランドに行きたかった)に進みたいという気持ちはありました。しかし、両親にはすでに私立大学の学費とイギリス私費留学の莫大な費用を払ってもらっていたので、それからまた大学院に行くお金を負担してもらうことにはかなり抵抗がありました(両親もそれは難しいと言っていました)。また、給付型の奨学金に受かったり、海外の大学院に合格する自信もなかったので、まず日本で働き始めて、それから大学院については決めようといったように、挑戦するかどうかの選択を先延ばしにしようとしていました。

ところが、3年生の後期にイギリスのリーズ大学に留学してから、自信がないのはそのままだったけれど、進みたい方向に行くように挑戦してみようと考えるようになりました。あちらで専門分野として社会学を選択してみて(日本では国際文化学を勉強していました)、これが私の学びたいフィールドだと思ったのと同時に、留学生として一時的にではなく、やっぱり正規の学生としてヨーロッパで勉強したいと思いました。特にドイツは社会学の発展に寄与してきた学者を多く生み出しているのが興味深かったし、移民受け入れの歴史もユニークで、もっとその国について実際に人々の生活を見ながら理解を深めたいと思いました。加えて、イギリス留学中にベルリンに住むドイツ人に会って付き合いを始めたことも、ドイツの大学院に進むというアイディアを実現するために計画を作る私の背中を押しました。

 

なんとかドイツ留学を実現させる道を探そうと、まずはドイツを中心に(ヨーロッパの国々も一応範囲に入れていた)英語でできる修士課程を探し始めました。これが去年の夏ぐらいです。english masters course in germanyといったワードでグーグル検索するとドイツでの修士課程を学術分野別、言語別に調べることができるサイトが見つかりました。daadのサイトだとわかりやすいかと思います。

 

 

ドイツでもけっこう英語でできる修士課程があることがわかり、いくつか興味のあるものをピックアップしてよく内容を見るようになりました。修士課程を選ぼうとするとけっこう条件が(私にとっては)厳しくて、英語でやるんだからもちろん語学力の証明は必要だし、それに大体の修士課程は同じ学術分野での知識をあらかじめ持っていることを前提にしているから、私の場合社会学修士をやりたいのであれば、社会学学士を持っていないと応募もできないものがけっこうありました。

 

行きたい大学を実際にしぼり始めたのは11月ぐらいです。なぜならその時期にJASSOの奨学金の応募があって、志望校2校とその情報を応募用紙に書かなければなりませんでした。この奨学金応募についてはまた今度書きたいと思います。

 

正直ドイツ滞在の出費をこの奨学金に頼っていたのでかなり真剣に、それでもかなり急ぎで奨学金の書類を11月に作成しました。

 

それからしばらくは、大学4年生が大学を無事に卒業するためにやるべき仕事と、応募した奨学金の二次選考のための準備などをしました。

 

今年2月に奨学金に受かったことがわかり、だいぶ荒ぶった卒業論文も出し終えて、気持ち的にも時間的にも余裕ができたころにワーホリビザの申請にかかりました。なぜワーホリビザの申請をしたかというと、今年3月に大学を卒業してすぐベルリンに行って、そのままドイツの大学が始まるまで約6ヶ月ベルリンに滞在するためです。ワーホリビザを学生ビザに変更するというめんどくさそうな過程を後で控えているのにもかかわらず、よくなにも考えずに決めたなとも思いますが、きっと卒業後日本に残っていてもなんだかもやもやした生活をするだけだったと思うし、今ベルリンで働いて生活を立てることを通していろいろ経験できていると思えば、まああとはビザ変更時の幸運を祈るしかないですね。ワーホリビザはわりと簡単に取れました。これについてものちに書きたいと思います。

 

2月3月は短期のアルバイトを探してベルリン滞在のお金を貯めました。働くにしても最初の数ヶ月はお金が必要ですもんね。ちなみに航空券は12月ぐらいにすでに買っていたと思います。片道で。あとは3月は志望校2校のうち第二希望の方にすでに願書を送っていました。

 

それから卒業式があり、大学の友人と会ったりして、4月にベルリンに来ました。今の所順調です。

 

今回はベルリンにくるまでの過程を書いてみました。次回はワーホリビザ申請について詳しく書きたいと思います。

 

※追記

これは去年(2016年)の4月に書いたもので、今は2017年1月です。後々このブログに書くことに関係してくるので、この記事を書いたあとに起こったことをかるくまとめておきたいと思います。

4月は仕事探しもほとんどせず、日本で貯めたお金で暮らしながら、こちらの生活様式に慣れること、自分の生活を確立することに専念しました。

4月の終わり頃から、仕事探しをはじめ、幾つかの仕事を試した後、最終的に5月下旬から日本茶カフェで働き始めました。

 働きながら、6月ごろに第一希望の大学の願書を提出しました。

働いて、時々旅行して、時を過ごすうちに願書を提出した大学2校から返事が来ました。第一希望の大学の結果は7月頭に来ました。

8月はビザ変更の準備や、学生登録をしました。

9月半ばごろにカフェでのアルバイトを辞めて、後半は旅行していました。

10月初めは大学院で勉強する心の準備をして、中旬から今の修士課程がスタートしました。今はその第一セメスターが終わるころです。

 

ブログをやっていたことを思い出した

ベルリンに来てから全く記事を書かずにほぼ2ヶ月が過ぎようとしていますが、今日やっとキース・ジャレットのケルンコンサートを聴いていて、よし、ブログ書こう、という気持ちに戻れました。

 

ブログがあったことを時々思い出してはいたのですが、なんとなく私が書く意味あるのかな、もっと書くのうまい人いるんじゃないかなとかって思いながらずるずる書くのを先延ばししてました。自分の文章あまり好きではないし。

 

でも自分の記録のためもあるし、日本語を話す人が世界に13,000,000人以上もいるんだからもしかしたら私の記事を見る人もいるかもしれないし、ゆるゆる書いてみようと思います。文章を書く練習にもなるし。

 

ということでまずベルリンに来るまでの計画編を次の投稿でかるく記したいと思います。

 

ベルリンに引っ越した

2016年4月6日に宮城を出て、アブダビを経由し、2016年4月7日からベルリンに住んでいます。

これまでのこと、今のこと、これからのことを、ズーパーのゆるゆるドライブに思いを馳せながら書いていきたいと思います。